「端午節」の話について 

616日(旧暦55日)は中国の「端午節」です。

「端」は物のはし、つまり「始り」という意味で、元々「端午」は月の始めの午の日のことでした。後に、「午」は「五」に通じることから毎月5日となり、その中でも数字が重なる55日を「端午」と呼ぶようになったともいいます。

「端午節」は、春節・中秋節に並び、中国の三大伝統節句とされています。

旧暦55日の端午節には、ちまきを食べて、竜船競漕(ドラゴンレース)を行うなどの習慣がありますが、いずれも2300年前の戦国時代の愛国詩人・屈原を記念するためのものです。

屈原は戦国時代、楚の忠臣で愛国の詩人です。見識が高く物知りで古今の治乱に明るく、文章の修辞にも優れていて、内政外交に目覚しい活躍をし、一時は楚の国の懐王から厚く信任されましたが、有能をねたむ同僚の陰口でその地位を失ってしまいました。楚の懐王は、屈原の内政改革と外交政策を取り入れなかったばかりではなく、屈原を追放してしまいました。

15年間の放浪中、屈原『離騒』『九歌』『九章』などの優れた詩篇に託して、憂国憂民の気持ちを述べました。紀元前278年、秦軍は楚の都郢(現在の湖北省の江陵県の北部にあった。)を攻め落としました。55日、汨羅江(べきら)のほとりでこの痛ましい知らせを聞いた屈原は石を抱えて川に身を投じ、国に殉じました。

この悲報を聞いて、四方八方から船が出て屈原を救おうとしました。人々はちまきを水中に投げて魚やエビに与え、屈原の死体が食べられないようにしました。しかし、残念ながら屈原は帰らぬ人となりました。

この偉大なる愛国の詩人を記念するため、毎年のこの日に人々は竜船を漕ぎ、ちまきを食べます。この風習はいままでも続いています。

ただ、地方の習慣により、南方ではお肉、やさい等を入て、醤油をつけて食べる粽が主とするが、東北地方ではナツメ(棗)、小豆などを入れて、砂糖をつけて食べる粽が主とするそうです。

1粽.jpg  肉ちまき.jpg  ナツメ粽3.jpg

     粽(ちまき)            肉粽              ナツメ粽